BONNOU THEATER

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「路上」からの叛逆 小林勇貴監督『奈落の翅』

金沢21世紀美術館のシアター21でカナザワ映画祭2021が開催された。

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https://www.eiganokai.com/event/filmfes2021/kanazawa/index.html より引用

私は諸事情によってほぼ参加できていないのだが、開催前に「これだけは見なければいけない」という神の啓示を受けて小林勇貴監督の最新作『奈落の翅』のプレミア上映にだけは駆けつけた。

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結論から言わせてもらうとこれは大傑作だ

生涯ベスト入り確実である。

これまで『孤高の遠吠』、『逆徒』、『全員死刑』(クリスマスに劇場で鑑賞して監督たちとクリスマスソングを歌った思い出)などを見てきたが、これが一番だ。そう言い切れる。


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あらすじは以下の通り(カナザワ映画祭のホームページより引用)。

冴えないサリーマンであるジンは、夜な夜なストリートスケートに明け暮れていた。ある日過激なスケーターのイケダと出会うことで、危険な領域に踏み込んでいく。市民とのトラブル、スケーター狩り、乱闘、島流し。実際の事件をベースにした、未だかつてないスケ暴映画。

https://www.eiganokai.com/event/filmfes2021/kanazawa/event.htmlより)

www.eiganokai.com

なんといってもさすが小林映画、登場人物が魅力的すぎる。

小林組常連のウメモトジンギが演じる主人公ジンはサラリーマンと言いつつ、マルチ商法の詐欺会社で働いているのだが、彼自身も騙されながらうだつの上がらない生活を送っている。そんな彼を解放してくれるのは日が沈み暗くなった街の中を一人スケボーで滑走することだ。彼を縛りつけるこの世界から解き放たれた瞬間をその清々しい映像が伝えてくる。

ジンがスケボーによって得る社会からの解放を見ていると、新教出版社が出している二木信・山下壮起編著『ヒップホップ・アナムネーシス』に収録された五井健太郎「『情報戦争』時代における文化」という論考で言及される「離脱」という概念に伴うSCARSのメンバーA-THUGの姿を思い出した。

世間がコロナ騒動に狂騒し、(比べるまでもないが)星野が「みんなで手をとろう」とかなんとかと歌い、凡百のミュージシャンたちが「#stayhome」だ「#安倍やめろ」だというなかで、彼はなにをしていたか。あるいはなにをしているか。スケボーである。マスクなどせず夜の街頭に出て、ただただスラッピーやキックフリップをメイクする。しかもめちゃくちゃ上手い。けして軽やかではないが野生動物をおもわせる緊張感のある滑りだ。断言できる。目下の状況のなかで、ひとはこれ以上にヒップホップ的であることはできないだろう。コロナ対策をきっかけに今後さらに激化するだろう「情報戦争(インフォウォー)」のなかにおける反戦的な身ぶりとは、たとえばそのようなものである。

五井健太郎「『情報戦争』時代における文化」『ヒップホップ・アナムネーシス』(新教出版社、2021年)p.54〜55

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しかしこの物語では世間様は夜な夜な行われるジンの「離脱」を許してくれない。

スケボーを楽しむ彼らによって壊された公園のベンチを見て、市民の思い出を長々と語るおばさんも最高な味を出している。鑑賞中爆笑してしまった。

そして六平直政は相変わらずの狂人っぷりを発揮していた。六平直政黒沢清『復讐 運命の訪問者』で民家の前に座り込んで柿をを貪っているイメージが個人的には強すぎるのだが、今回も明らかにスケボーヘイターなのにスケボーショップにやってきてアイテムを物色する様子は薄気味悪かった。あの迫力で「地獄に堕ちろ」なんて言われたら「ああ確実に俺は地獄に行くんだろうな」と思うよ。

jzzzn.hatenablog.com

ジンが勤務している詐欺会社の社長(渡部豪太)の演技も素晴らしい。"いかにも"な感じの会社と社長の雰囲気だ。妙に明るく笑顔でエグいことを言ってくる感じ、胃が痛くなってくる。そんな社長は毎週日曜日には「ふるカフェ系カリスマブロガー」として全国の古民家カフェを巡り、地元の人達となんとも言えないのほほんとした演技をしているので何を信じていいのかわからなくなってくる。

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https://www.amazon.co.jp/ふるカフェ系-ハルさんの休日-昭文社-旅行ガイドブック-編集部/dp/4398145745 より

そして我らが中西秀斗パイセン!こちらの胸がキュンとするあの笑顔も健在!ウメモトジンギと中西パイセンが並ぶとなんだか私も地元に帰ってきたかのような安心感がある。

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今回の映画で何よりも素晴らしいのはプロスケーターの池田幸太さん。登場一発目のジャンプでジン同様、こちらも度肝を抜かれ一気にそのキャラクターに引き込まれていく。

スケボーヘイターズも素晴らしかった。「今っぽい」雰囲気の若者が軽々とした身のこなしとパルクールを用いてスケーター狩りをしていく様子はなんだかこちらはスケーター目線で物語を見ているにもかかわらず、スカッとしてしまった。

すべての登場人物が完璧だ!

 

ここからが本題なのだが、これは明らかに、誰が見ても、絶対にスケボーの映画だ。ただ、その一言では到底収まり切らない内容である。上映後の舞台挨拶で小林勇貴監督は「これは『排除』の物語です」と語っていた。加えて「オリンピックによって路上で生活していた人の場所が奪われたり…」という話も出てきて胸が熱くなってしまった。

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上映後舞台挨拶の様子


今年行われたオリンピックではスケボーが初めて競技化し、日本代表の若者たちが大活躍したのは私たちの記憶にはまだ新しい。

www.nikkansports.com

www.yomiuri.co.jp

多くの人がこのニュースに熱狂したが、スケートボードというカルチャーに世間は無理解なままだ(むしろ理解しようとすらしていないのでは)。このカルチャーはどこかの体育館や施設で培われてきたものではない。「ストリート」において発展し深められてきたものだ。しかし、カルチャーとしてのスケボーを世間が理解できていないままだから、スケボーという競技には熱中するのに街中でのスケボーは許さないという意味不明な理屈がまかり通るようになってしまった(そもそもオリンピックのスケボー競技の中に「ストリート」という種目があるのに実際にはストリートで滑っちゃいけない意味がわからない)。それなのに国家権力がスケボーが生まれてきた背景やカルチャーに目を向けず、ただ「スケボー」というフォーマットだけを自らの構造の中に取り込もうとしている様子はあまりにもグロテスクではないか?

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金沢の公園にて撮影

そのような視点で見るときこれはただタイムリーな「スケボー映画」ではない。「ストリートカルチャー」の映画である。更に監督が語っていた「権力構造による排除」について含めて考えるなら、これは誰にでも開かれた「路上」の映画である。そしてスケボーに限らず「排除」は市民同士の間で行われる。コロナ以降この二項対立の構造がさらに顕著になってしまった。この映画でもそうだ。スケーターとぶつかり合うのは自警団と化した一般市民だ。これは自粛警察やマスク警察と同じだろう。

しかし物語中に出てくるセリフではっとさせられる。ジンたちがスケボーをしていると仕事帰りなのか通りがかったおっさんにまた罵倒される。そのおっさんがボソッと放った言葉に「小池のおばさんに言うぞ」というものがあった。紛れもなく東京の都知事のことだ。「お前たちが街のルールを破ってスケートボードで遊んでいることを東京都知事、トップである小池に言いつけてやろうか?」と言っているのである。つまりこの二項対立には黒幕が存在している。そしてこの構造を生み出した側がいることを自警団たちも無意識に理解しているのである。しかしこの構造に対して疑問を感じることはない。ルールだからだめだ。首長がだめと言っているからだめだ。思考停止したままの私刑が今の日本ではまかり通りすぎているのではないだろうか。

そしてそのような対立によってこの社会から排除されてきた人々の数は数え切れないだろう。それはスケーターに限らない。路上生活者、外国人、女性、性的少数者…「ただ生きているだけ」の人々が赤の他人から「お前は必要ない」「生産性がない」と勝手にレッテル貼りをされ路上から抹消されてきた。そんな現代社会へ一石を投じるどころか、バカでかい岩をぶん投げるような作品だ。もう一度言っておく。これは「ストリートカルチャー」の映画だ。そして同時に「路上」の映画であり、そこから抹消されてきた人たちによる「路上からの叛逆」を映し出した映画だ。

途中、ジンとその仲間たちは反省からスケボーパークに通ったり、議員から自粛を求められるが長くは続かない。用意された場所では意味がない*1。国家だろうが法律だろうが関係ない。生きることは誰にも止められないだろという強いメッセージを後半は強く感じる。特にジンが無人島から帰ってきて、最後の闘いのシーンでは色濃く反映されている。ジン自身も「ただ滑っていただけなのに」と悔しさ混じりに怒りを表している。それは生への渇望だ。

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スケボーヘイターズ討伐後、ジンと池田さんを含めたスケーターたちも死に六平直政の予言(?)もしくはタイトル通り奈落(地獄)へ堕ちる。

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地獄の描写も渋すぎる

しかし、彼らの手にはスケボーが抱えられている。パンフレットの中で監督も言っているが、棺桶を抱えているようにも見えるし、生への執着のようにも見える。だが地獄の描写の禍々しい空間の中で最後に池田幸太さんがバスを飛び越える大ジャンプを決める(このシーン撮影中に池田さんは足を折っていたとのこと…!)。カタルシスがえぐい!地獄に堕ちても彼らは飛ぶのだ。これはとんでもない人間讃歌である。「俺たちはどこにいても飛び続ける」という強烈なメッセージとして池田さんの着地を我々は目撃するのである。

エンディング、ジンと池田さんが死んだ現場に中西パイセンが花を手向ける。すると誰もいなくなったところに、2人の少年が現れ備えられていたお菓子とジンと池田さんの板をパクっていく(お菓子を盗んだのはこの子たちのアドリブだというから末恐ろしい…)。この2人はジンと池田さんだろう。2人はまたその板で地面を蹴り、街中を滑走していく。そして大人につかまり「ぶつかったら責任取れるのか?」と注意される。うるせえ。お前に関係ねえよ。そんな心の声が鑑賞していると聞こえてくるような気がするし、私もそう思うようになっている。そこで少年がカメラに向かって中指を立てる。

そこからエンディングテーマとしてかかるのはKOHHの『飛行機』である(自主制作の場合権利問題とかどうなっているのだろうか…)。イントロが流れた瞬間に鳥肌が立って泣きそうになってしまった。ここでスケボーという「ストリートカルチャー」が同じ背景を共有するヒップホップと合流した。そしてあえて『飛行機』というチョイス、完璧すぎる。


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また飛んでいく

飛行機に乗って遠いとこへ行く

また飛んでいく

また飛んでいく同じ空の上へ

高い空の上へ

また飛んでいく

ジンや仲間たちにとって「飛行機」とはまさにタイヤが4つついた木の板のことである。しかし、これが自分たちにとって何よりも高く飛び上がりどこへでも連れて行ってくれる「飛行機」そのものなのだろう。本当に最後の演出までにくい。そして上映後私の耳にはスケボーのホイールがアスファルトの上を回転していく音がずっと残っていた。

こんな感じで思うところがありすぎる映画だった。これは今必要とされている映画だよ。

パンフレットの内容も素晴らしく、ジンがなぜ劇中で一度も技が成功しないのかなども書かれていてスッキリしたし、プロダクションノートが非常に面白かった。是非買って読んでもらいたい。

小林勇貴監督は今では商業映画やドラマなどで活躍しているが、なんというか、商業的な活動をしながら資金を貯め、彼が本当に作りたいものをちゃんと自主制作として表現している姿には感銘を受ける。彼のあの人柄もとても素敵だ。

『奈落の翅』はちょくちょく劇場でこれからかかりそうだが、全国上映とかはないだろう。この映画、できればもっと都心のビル街などの屋外で上映ができれば最高なんだろうなと思う。そして全国のスケーターたちはもちろんのこと、もっともっとたくさんの不条理に立ち向かいながら今を生き抜こうとしている人に見てもらいたい。また監督がときどき「ソニックお届けマン」としてBOOTHにて自分で焼いたブルーレイディスクをゲリラ販売するから欲しい人は監督のツイッターを張り込んで速攻買ったほうがいい。私はカナザワ映画祭の劇場で買ったがそもそもブルーレイディスクを見る機械がないという問題に直面させられている…。

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エンドロールには「負傷者」という項目があり、ウメモトジンギ(失業)となっていた。彼は今後俳優業を続けていくかで悩んでいるらしいが、今作を見て絶対にやめないでもらいたい。あなたは才能の塊ではないか。今作のあなたの演技でどれだけの人が救われただろうか。続けてください!お願いします!!!

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最後に引用しておきたいのはC.O.S.A × KID FRESINO『Swing at somewhere feat. コトリンゴ』のKID FRESINOリリックだ。

アスファルトこびり付くガムはお前よりも街を知ってる


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路上はまだまだ私たちの知らない世界で溢れているし、そこには人が生きる姿がある。人が生きていこうとするその姿を誰にも止める権利はないのだろう。

 

みんな絶対に見ろ!!!!!

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*1:オリンピック以降、国内ではパーク増設の動きがあるらしいが、それで何が解決するのだろうか。

五輪=日本スケートボード選手、国内のパーク増設を希望 | ロイター