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ツイッターやってます(@bonkurabrain)。映画。映画は体験。映画が不謹慎で何が悪い。本、映画、宗教の話が好き。

神話的叙事詩が熱狂させる私たちの心と普遍的ロマン~『バーフバリ 王の凱旋』~

正直、まったく目を付けていなかった…。

妻が突如『バーフバリ 伝説誕生』を観たいと言い出し、流れで鑑賞。

そして『バーフバリ 王の凱旋』を土曜日に鑑賞してきたが。。。

これはとてつもない。。。

なんだこれは…。

これはちゃんと書いておかなければならない、ということで筆をとった。

 

「バーフバリ 王の凱旋」予告編

 

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ギリギリ大画面で観れて大満足。。

 

土曜日22:40の回を見たが、気付けば次の日の15:20にも劇場に来ていた…。

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神話的叙事詩がなぜここまで熱狂させるのか

 

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『バーフバリ』1と2のあらすじはもういろんなところでたくさん書かれているので割愛させてもらう。この物語がなぜここまで人を熱狂させているのかということについて考えていきたい。

本当に一言で表すと、「単純明快かつ誰もが知っている物語」であるのが大きな要因だろう。話の構造としては、「王位を奪った悪の王に息子が今立ち上がる!」というだけのもの。とてつもなくわかりやすい。

そして、「誰もが知っている物語」という部分においては、私も含め、日本に居住している人の多くはヒンドゥー教や「マハーバーラタ」に明るくはないだろう。しかし、この物語はどこかで必ず聞いたことがある。一番大きなところでいうと「出エジプト記(Exodus)」を彷彿とさせる。

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(マルク・シャガール)

 

 

エジプトではイスラエルの子孫が増え、奴隷にされる。イスラエルの民の増加を恐れたエジプトのパロ(王のこと)は、「男の赤ちゃんは殺せ」と命令。そんな中、エジプト王の娘がナイル川に水浴びし、かごに入った赤ちゃんを見つけ、「モーセ」と名づけ、引き取って育てる。

 モーセは成長し、ある日、同胞イスラエル人がエジプト人に打たれているのを見て、エジプト人を殺して助ける。殺人がバレて、ミデヤンの地に逃亡し、現地の娘チッポラと結婚。

 ある日、羊を飼っているとホレブ山で燃える柴の中から神の声がかかる。「エジプトに行き、民を救い、先祖たちに約束した地に導き出せ」と告げられる。

 モーセは兄アロンと再会し、共にエジプト王(称号パロ)に神の奇跡を現して、「民を行かせるよう」、たびたび交渉するが、パロは聞き入れない。最後に長子が死ぬという災いがエジプトに起き、とうとうパロは、イスラエルの民がエジプトを去る許可を与えた。イスラエルはエジプトを急いで出る。これが「過越祭」となる。(http://ekuresia.web.fc2.com/ten/seisyo/youyaku/r3.html より引用)

 

小さい頃に親に『プリンス・オブ・エジプト』を見せられた記憶もあるが、あれも川に流された赤子が、己の出自を知り、母国へ喧嘩を売るという内容が強く頭にこびりついている。私も神話に詳しい人間ではないので、深く入り込んだ話はできないが、このような話はこの世界中、どこの文化においても普遍的に存在しているものなのだと思われる。

ましてや兄弟のいざこざ、嫁姑問題なんて腐るほど見受けられる。マハーバーラタの歴史、旧約聖書の歴史なども考えると、このようなありふれた物語がいかに民衆を熱狂させ、扇動してきたかということなのだ。つまるところ、これは世界中の人間が大好きで、否応にも熱中してしまうはずなのである。

 

私たちは結末を知っている

 

この映画を批判する人の中には、「結末がわかっているので何のひねりもない」という人もいるそうだが、ここがまた神話としてこの映画を読み解くうえで重要な部分になっているのではないかと思う。

この物語は話のスタートから終わり方まで、もう映画が始まった時点で誰もが理解可能であり、知っている(バーフバリが勝つことは全員が知っている)。また、この物語の中に織り込まれている話も私たちは知っている(1のラストでカッタッパが裏切ることを知っている中、その経緯を2で追っていく)。みんなが既知の物語であるからこそ、歌舞伎的に鑑賞することができるのではないだろうか。デーヴァセーナがピンチに陥ったときに弓3本を放つ(ここへの伏線の張り方も素晴らしい)バーフバリが現れたときには「いよっ!待ってました!」と手を叩きたくなる感覚にもなる。

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バーフバリの無双っぷりも神話として主人公の最強さをまさしく目の当りにし続ける点でとても爽快である。なので、この物語を見ていると、「この展開知ってる!」、「きたきたコレコレ!!」という全員が待っている展開を恥ずかし気もなくどストレートにぶち込んでくれる点が見ていて痛快なのだ。

エンターテイメントとは何かをこの物語から考えたとき、神話的叙事詩をみんなが知っている太古から受け継がれる物語として真正面からぶつけてこられることは、見ている人間としては胸が熱くなるんだなあと。なぜ神話が語られ続けてきたのかという答えはここにある気がするのだ。はるか昔、太古から、人は神話に熱狂し、文化の一部としてその肉体に宿してきたのだろう。

 

だからと言って盛り上がるという単純なものでもない

 

しかし、批判にもある通り、みんなが知っている物語だけをただ行うのなら、日本で『桃太郎 伝説誕生』(これもまた川を起点とした王政破壊物語だな)を作って上映すれば流行るのかというと、そうもいかないだろう。この映画はその上で壮大なセットと、何よりいちいちかっこいいカメラワークが場面場面を盛り上げている。特にカメラワークについては、『バーフバリ 王の凱旋』の方は1作目に比べて格段に良くなっているように感じる。まず、2の冒頭、シヴァガミが悪魔祓いの儀式をしているシーンから始まるが、突如ゾウが暴れ出す。その暴れた像がシヴァガミに向かって突撃していく…!ここで観客は「バーフ!バーフはどこ!!??」となるところで、木で鍵をされている巨大倉庫の扉が「ドン!ドン!」と鳴り、巨大建造物といっしょにバーフバリが登場!!!!ここでも「待ってました!!!」と言わんばかりの登場。ここのカットが異常にかっこいい(どのようにバーフバリが鍵かかってる倉庫にいたのかは謎だが、細かいことはこの映画ではどうでもいい)。そしてゾウをなだめる中での下から見上げるような巨大建造物(ガネーシャ)のドアップ。これがまたかっこよすぎる!!!

また、スローモーションの使い方もとてもよく、デーヴァセーナが登場してからの戦闘シーンでのスローモーションで相手をなぎ倒す様子は、衣装の色鮮やかさも相まってとても素晴らしい。この世界が幻想的でありつつ、暴力も存在しているという2面性をとてもよく表現している。

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他にも、マヘンドラ・バーフバリ vs バラーラデーヴァでの槍と槍をぶつけ合う直前のあのスローモーションもたまらなく素晴らしい構図である。もう興奮が止まらん。

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母を縛り付けていた鎖でバラーラデーヴァとタイマン張るところも最高。傷に粉塗るところはもはや力士のそれ。

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更に、『バーフバリ 王の凱旋』の名シーンと言えば、痴漢撃退のシーンだろう。この物語に出てくる女性は全員が強い。ウィークエンドシャッフルで宇多丸も指摘していたが、インドの文化がずっと持ってきた女性観が国際基準に合わせてきているというのは納得である。それを感じるのと同時に強気女性たちの姿には『マッドマックス 怒りのデスロード』の女性たちを見ることができる。これは、女性たちの解放の物語(文字通りデーヴァセーナも解放するし)であると同時に、男性の生き方も問いかけてきているだろう。バーフバリがデーヴァセーナの橋となり、その上をデーヴァセーナが渡るところ、ラストシーンでのバラーラデーヴァの黄金像の顔面を歩いて渡るところとの対比とか最高じゃないか!

強い女性が出てくる映画さいこう!

 

『伝説誕生』ラストのライオンクローも大好き。

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神話的叙事詩が描き出す物語は、私たちの太古の記憶を呼び覚まし、血沸き肉踊らせる。その物語の結末を知っていようとも、そこにある普遍的なものに私たちはロマンを感じ、熱狂するのだろう。

 

あとサントラも欲しいのだが、、、

テルグ語版出せや!iTunes!!!!

 

あと、女性専用車両は差別だって騒いでる人間は、バーフバリ見習って大きな器を持て。

 

しかし何をもってしても、

マヒシュマティ王国に栄光あれ!

(ジェイ!マヒシュマティ!!!)

王が還ってきた!『バーフバリ 王の凱旋』

今年の映画ベストが決まりました…。

『バーフバリ 王の凱旋』です。。。

 

生活がHIPHOP(うぇるかむとぅかなざわ)~田我流@金沢~

先日、金沢MANIERというクラブに田我流がやってくるということで、遊びに行ってきた。

 

この日は朝から仕事で、たまたま定食屋でお昼を食べてる時、NHKの『ドキュメント72時間津軽海峡年越しフェリー」』がテレビで流れていた。

NHKドキュメンタリー - ドキュメント72時間「津軽海峡 年越しフェリー」

 

いろんな人間がいるなあ、なんかいいなあ、と思いながら刺身定食を食っていたら、最後の方になんか見たことある顔が…。

「デミさん…?」

また映るタイミングを逃さないようにテレビを凝視。

NIPPSじゃん!!!!!!!

函館移住!!!???やべー!!!

となった。

そんな1日の始まり。

(再放送だったのね。しかも結構話題になってたらしい。。)

 

話を戻す。

田我流はファーストアルバムのころからずっと追い続けており、

B級映画のように2』は本当に傑作で、死ぬほど聴きこんだ。

B級映画のように2

B級映画のように2

 

最近では、BAD HOPのような川崎サウスサイドのゲットー出身のラッパーたちが人気になっている中、山梨一宮町というド田舎の鬱屈した思いからここまでのし上がるという部分にもとても感銘を受けた。

 

3.11以降は積極的な活動を見せ、選挙への呼びかけなども行っている姿はとても印象的であった。
【選挙フェス】@渋谷ハチ公 13 07 20 cro-magnon feat 田我流 選挙に行こう! ゆれる

 

また、その活動も多岐にわたっており、ここまで全国区のアーティストになっても山梨をレペゼンし続け、山梨のお店などを紹介しているのも素晴らしい。


田我流の「うぇるかむ とぅ やまなし」vol.7【喫茶あさげ・うどん いち】

 

そんな田我流を初めて生で見れるということで、行ってきたわけだ。

感想は、、、とてつもない。

ここまでパワーがあるのかと思わされた。ステージではなくフロアでブチかまし、常に観客を沸かせ続けていた。

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 (EVISBEATSとの新曲もやってたけど、はてなブログは動画アップできないんか???)

 

ライブ終了後、少し話をした。

3.11以降の活動の話をすると、

「社会活動をし続けていると、自分が一番やりたい音楽が遠ざかってしまう。音楽ができないと意味がない。」と言っていた。

これは本当にそうだと思う。

しかし一方で、先月逝去したECDはそれを体現していた人間なんだと思わされた。

つまり田我流やECDを含め、「生活がHIPHOPである」ということが何よりも大事で何よりも当たり前だったのだろう。

自分の生活とは何なのかを見据えながら自分に今できることをやるということの難しさを知らされた。

 

今回はDJ CARRECによる30分ECDのみの楽曲をかけるというDJも行われた。

田我流のライブの最後にはみんなで『ロンリーガール』の大合唱が行われた。

ECD亡き今、全員でECDへの思いを天まで飛ばすことができたはずだ。

僕はECDとは考え方も違うし、賛同できないなと思ったこともあるけど、やはりECDが残した功績は僕の中でもとても大きいものだった。

東京ブロンクス繋ぐ直通弾丸列車
途中下車無効
特等席同席するこいつらメッキじゃない
このBuddhaとShakkaは
南無 大神拝みなされ 喝!

(大怪我)

ECD IN THE PLACE TO BE.



 

今回会場で墓場堀士のMIX CDを買ったがこれもまたいやらしくて素晴らしい。。。

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朝からECDとの繋がりを感じる一日だった。

「問いかけ」への「答え」なのか?『ブレードランナー2049』

ブレードランナー2049』を見てきた。


映画『ブレードランナー 2049』予告

 

監督は『メッセージ』のドゥニ・ヴィルヌーヴ


映画「メッセージ」予告編

『メッセージ』は個人的には結構楽しく鑑賞することができた。

静かな雰囲気の中に哲学的な内容を入れてくるというふんわりした感じ。

今回同監督が『ブレードランナー』の新作を監督するということで、聞いたときは『メッセージ』の雰囲気の監督が『ブレードランナー』を作るのか…?

期待と不安が入り混じりながら鑑賞。

不安通りでした。

 

世界観や設定はとてもよかった。『ブレードランナー』の世界をよく理解した監督が作ったんだなあと。

しかし、このもやもやは何なのだろうか。

 

今月の『映画秘宝』で柳下毅一郎氏が、

ブレードランナー』は答えではなく問いかけだった。*1

と書いていた。

  (今月号の表紙は熱い!!)

俺たちはみんな『ブレードランナー』に胸を熱くされ、その提示された問いに苦悩し、考え抜いてきたではないか!!!

 

しかし、今回の『ブレードランナー2049』は何を問いかけていたのだろうか。

というのが最大の疑問。

 

ブレードランナー』は人間とレプリカントの境界、その危うさ、宗教性、己の問い直しであった。

また、その宗教的要素は本当に感心した(宗教を持ち込むなという人間もいるだろうが)。

canalize.jp

(このブログは、『ブレードランナー』のキリスト教的視点についてすごく詳しく書かれててとてもよかった。)

 

ブレードランナー2049』の設定はレプリカントが差別を受けながらも人間と同じ仕事をする時代が到来していた。主人公がレプリカントであると明言されているのは観客にも新たな視点を持たせるという点で面白かった。人間のレプリカが己とは何かを考え、自分は特別な存在なのではないかと自問し、希望を見出していこうとするのはよかった。

しかし、イエス・キリスト(救い主)の誕生をモチーフにはしているのだろうが、なんだかそれもしっくりこない。レプリカント反乱軍(こいつらは何がしたいの?)はレプリカントが受胎し、新たな生命が誕生したことに神性を見出そうとしているのは何なのか。人間とレプリカの垣根を越えるものは「受胎」なのか?そして主人公の気持ちを真っ二つにするように、それは女でした。しかも何の苦労もしていない隔離された夢デザイナーとして活動していました。みたいな展開は何なのか。ガフが折る羊は何なのか。さしずめ、迷える子羊、1匹の羊を連想させるものなのだろうが。

 

なんか優等生すぎるんだよヴィルヌーヴ。うまくまとめようとしすぎ。

 

ここからは個人的なダメ出し。

・ホログラムの都合のいい女感は何なんだ。今で言うと二次元を愛するオタクの夢を現実に叶える画期的なシステムなのだろうが、無条件で自分を愛してくれる女性をそこまで求めてんのか。知り合った女とホログラムを重ねてセックスをするのは正直見てて無になるしかなかった。

・妊娠すりゃあ人間なのか?じゃあ妊娠できない人間は欠陥なのか?

・孤児院行くとき車ぶっ壊されたのにどうやって帰った。徒歩か?

・あの無能警察上司女は何なんだ。自分の部下の状態が正常でないと知っておきながら、部下が「目標は殺した」とか言ってるのを何の証拠も根拠も聞きも確認もしないで納得してしまうのはお前のほうが正常じゃないだろとしか思わなかった。

レプリカントが差別されてる世界が最初にだけしかよくわからず、ウォレス社のラブの身体能力とか強さは何なのアレ。平気でかかと落とし食らわせたり、首元へのチョップで人間殺してたぞ。あんなの怖くて差別とかできねーよ。こいつはレプリカントとしての葛藤はないの?

・何の前触れもなく、デッカードに娘に会わせてやるとか言って、あの夢デザイナーが娘だってなったのかが全くわからなかったんだけど、みんな気付いたの?というかあの施設何?警備とかいなくて一人でいるの?

・ウォレス、てめーの最初の袴は何だよ。

 

何度も言うけど『ブレードランナー』としての雰囲気は申し分なかった。

ただ、『ブレードランナー』には「見えないもの、自分を超越している何か、しかしそれが一体何なのか、救いとは何なのか」そこにある人間とレプリカのあやふやさという大きな問いかけが故意であったのかはわからないが、見ている側には投げかけられていた。

ブレードランナー2049』はその超越したものがすべて人間の手の中に入ってしまったような感じ。だからそこには想像の余地もなかった。だから、最終的には主人公の苦悩はどう昇華されたのかわからないし、感情移入はできなかった。『ブレードランナー』は最終的にはレプリカントに感情移入できたじゃないか。レプリカントとしての儚さみたいなものはどこにいったのか(俺たちのロイ・バッディの思いを返してくれ!!)。

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http://namonaiblog.blog.fc2.com/blog-entry-6.htmlより

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https://source.superherostuff.com/movies/blade-runner-sequel-receives-official-release-date/より

だけれども、よくわかんないけど、なんかとても綺麗な答えが提示されちゃった感じ。

「自分は特別じゃなくても、特別な者の役に立つことができるからこそ特別なのだよ」

みたいな。

 

なんか、学生時代によく俺を捕まえては、「最近何か深いこと考えてる?」とか「幸せって何だと思う?俺はもう答え見つけたけどね。」とかほざいてた年上の糞みたいな先輩を思い出す映画だった。

 

優等生が深いぶってるだけでハリボテの映画。

 

俺が見たいのはSFじゃなくて、哲学SFなんだよ!

人間vsレプリカントに焦点を当てないでくれ。

 

「あぁ、こんなのあったなぁ」で済む映画になればいいけど、あの袴男生きてるし何も解決してないから、続編作る気満々だよなあこれ。。。

*1:映画秘宝』2017年12月号

『ウォーターパワー』はなぜこれほどまでに私たちを魅了するのか

お久しぶりです。

 

今年は各地で開催されているカナザワ映画祭

残すところあとは仙台の「あなーきー・いん・ざ・にっぽん」のみとなった。

行けないのは本当に悔しい。

 

先日京都みなみ会館で行われた「エロス+猟奇」で再び上映されることとなった「ウォーターパワー」について今回も書こうと思う。

 

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私も昨年のカナザワ映画祭で衝撃を受けた一作でもある。衝撃のあまり、当ブログにも浣腸についてフィーチャーした記事を書いてしまったほどだ(その記事がこのブログのアクセス数で一番多いのは何とも言えないが)。

jzzzn.hatenablog.com

今回も必ず見なければという使命感から、猛女オールナイトで精神的にヤラれ(早朝ディープ・スロートの破壊力で)、とうとう3日目の真っ昼間浣腸劇を鑑賞するに至った。

今回、何がすごかったかというと、私が席について上映を待っていると隣にあのセーラー服おじさんが座ってくれたということだ…!セーラー服おじさんの隣で『ウォーターパワー』を鑑賞できる多幸感は素晴らしかった。

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主宰の小野寺さんと軽く話をしたところ、「今回の上映作品では一番チケットが売れている」とのことであった。そして、入場前には「満席」とのアナウンスが流れていた。みんな糞尿好きすぎ…。

 

そして上映は昨年同様笑いあり、白熱の逃走劇あり、最後は拍手ありと最高であった。

今年は昨年よりも冷静になって見ることができた。

なぜ、『ウォーターパワー』がここまで愛されているのだろうかということを考えた。

(私も愛している一人。今回のウォーターパワーグッズは全て買いました。)

 

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*1

 

それは、少年ジャンプのテーマ「友情・努力・勝利」に近いのではないかと考えた。

しかし、この主人公、友達はいないので「欲情・努力・勝利」というところだろう。。

この3つの黄金比によってこの作品は成り立っているのだろう!! 

 

「欲情」

あの男(主人公)はこの社会に物足らなさ、意味のなさを感じている。自分は何者でもないという虚無感を持っている。その虚無感をセックスで満たそうと試みるが納得できるような成果を得ることはできない。だからこそ風俗の「スペシャルコース」に異常なまでのこだわりを見せる…(15分コースで一発キメてるのもすごいけど)!そのスペシャルコース(浣腸プレイ)から「浣腸の使者」としての自我が芽生える!そして、浣腸によってこの腐った社会の浄化を自分が託された使命であると自覚する。この自己肯定、自分は特別な人間なんだという思いこそが我々が本当に望んでいる感情なのだ!

 

「努力」

自我の目覚めから、この男は毎日部屋を覗いている女性の家に忍び込んで、レイプ&浣腸童貞を捨て去る!(便座に座っている女性に対して「ウンコしてるところがみたいからバスタブに移動して」というセリフの愛らしさ!)そしてその高揚感から更に道具を買い足し、研究し、深めていくという「努力」が本当に素晴らしい。いろいろな種類の浣腸袋を購入し、成長していく姿を間近で見ることができるのだ。二人同時浣腸に試みたり(ジュネーヴ医学生時代に学んだ風船つき浣腸を使っていた!)、しゃべれないように口にりんごを縛り付けて、水道から直に浣腸をしたりと。この努力と実践力、その飽くなき精神には心からの拍手を贈りたい。

 

「勝利」

そして、この男一般社会から見たら大犯罪者であろう。実際に「エネマ・レイプ犯」として警察に追われている(この警察の無能っぷりももまた愛らしいのだ)。この腐った社会の警察は果たして「正義」なのだろうか?「正義の使者」は一体どっちなのか!?警察が浣腸の現場に駆けつけようとしている緊迫した状況の中、最後はこの男がアッサリ勝利を掴み取るのである。ここが自分の中ではポイントが非常に高い。自分が正しいと信じていることがこれほどまでに肯定され、努力を積み重ねることによって勝利に導かれる。これこそが鬱屈した社会の中で潰されていくのではなく、自分の欲望のままに勝ち続けていきたいという私たちのこころを高ぶらせ熱狂させるのではないだろうか。

 

「努力は必ず報われる!」とかどこかのアイドルが言っていたが、そんな薄っぺらい勝利者の言葉より、ただ社会に対する鬱憤を爆発させ、黙々と自分の使命を全うし、後ろを振り向かず勝ち続けていくことこそが本当の勝利でありこれこそが魅力なのだ。

 

「口先で喚くのではなく、姿勢で表せ」ということを学ばせてくれるのが『ウォーターパワー』なのである。

 

*1:画像はカナザワ映画祭のブログから拝借しましたhttp://eiganokai.blog.fc2.com/blog-entry-507.html

カナザワ映画祭2017レポート~『歯まん』~

カナザワ映画祭2017が始まった!

「期待の新人監督」には、89作品の応募があり、22作品がノミネートとなった。

3日間かけてこの22作品の上映が金沢21世紀美術館シアター21にて行われた。

もうカナザワ映画祭主宰、小野寺氏のブログやツイッターでも報告があった通り、「期待の新人監督賞」には『ハングマンズノット』が選ばれた(私は見逃してしまい、本当に悔やんでいる)。

eiganokai.blog.fc2.com

 

私が鑑賞したのは、短編含め10作品ほどであったが、いくつか印象に残ったものを簡単に書いておきたい。

 

『歯まん』

読み方は、「はまん」。鑑賞直前まで「しまん」と読んでいたのが恥ずかしい(前売り券を買うときにも「『しまん』を一枚ください」と言ってしまった)。

www.youtube.com

 

トーリーは女性器に歯が生えている(本人も知らなかった)女子高生が初めてのセックスで彼氏の男性器をかみちぎってしまい、血しぶきぷしゃー!というもの。

冒頭からいきなり上記の描写で、狂気じみた世界が展開される。しかし、その後、物語は女子高生の内面的な部分から純愛(あまりこの言葉は好きではないが)へと変貌していく。愛とセックスどちらを選べばいいのか、という問題に対して究極的な問いを見ている側に投げかけてくる。

途中で八百屋のオッサンに強姦されるシーンでは、オッサンに対して「こいつは絶対ゆるさねぇ」って思いながら主人公に「やっちまえ!!!」と叫びそうになったり。

そして、人を好きになっても自分はセックスできないというコンプレックスを抱えながらも人を好きになってしまう主人公の痛みを感じた。

 

物語の終盤、これはどのように終わるのだろうか?

「愛」はセックスを超えた偉大なものである、というありきたりなもので終わってしまうのでは?思っていたら、主人公の彼氏が「セックスがしたい」と主人公に伝えるシーンに私は心の中で歓声をあげていた。よく言った!!

 

セックスというものにいろいろな形がある中で、「『愛』と『セックス』は同居し得る」ということを今一度大きく打ち出したのがこの映画の最大の見どころだったのではないかと思う。

「いつ死ぬかわからないから、愛している人とセックスをして死ぬなら本望」

これこそが最大の「愛」なのではないかと強く思わされた。

最後口と歯のアップで終わるのもよかった。

 

 

女性器に歯が生えているというのは、物語としてはあまり不思議ではない。

昔からこのようなことは神話などで語られてきた。

ヴァギナ・デンタタ - Wikipedia

 

今回のカナザワ映画祭「期待の新人監督」は、『家畜人ヤプー』をはじめ、『もりのくまさん』、『自由を手にするその日まで』だったりと、人間の内面に刷り込まれてしまったもの(だからといって許されてはならないもの)を覆す、現代の価値観そのものの否定を真正面から行っている作品が多かった。

 

『歯まん』は画としての豪快さや派手さはあまりなかったが、その分、私たちの内面に迫ってくるようで、見終わって数日後にじわじわとくる映画だった。

 

さいこう!

 

今年もキタ!!!!!カナザワ映画祭2017

今年もカナザワ映画祭、きましたね。

 

https://twitter.com/eiganokai/status/847827771409575937

 

全力でいきましょう…。

http://www.eiganokai.com/event/filmfes2017/teaser.html